Cocoknots

株式会社ココノッツ

君島邦夫のココノッツブログ

ココノッツ創立者であり現在は取締役会長の君島邦雄が
広報や医療に関する話題を中心に日常感じたことを勝手に書いています。

君島邦夫のココノッツブログ

ココノッツ創立者であり現在は取締役会長の君島邦雄が広報や医療に関する話題を中心に日常感じたことを勝手に書いています。

カテゴリー:「よもやま」の記事

実写の伝達力

2016.11.25

何気なくテレビ見ていたら、可愛い女の子が「もしもしかめよ」の替え歌を歌いながらケン玉をやっている。ドコモのCMです。思わず「うまい」と言ってしまいました。同時に「これCG合成かな」とも疑ってしまいました。それがいまの世の中というものです。
ネットの情報によれば、中条あやみさんが41回挑戦して成功したのだとか。そのメイキングビデオも見ました。
やはり実写って力がありますね。CGだったら、たぶん伝わるものが半減していたでしょう。そのことだけで、なかなか秀逸なCMになったと言えます。
スマホをドコモに変えようかなあ(^O^)。

講演のマネージメント

2016.11.24

大企業で華々しい活躍をされ、有名企業へ転職された女性役員の講演を聞く機会がありました。ご経験に基づいたお話はとても面白く、着眼、発想、熱意、行動力、いずれも並々ならぬものが感じられました。話し方も熱く、説得力がありました。こういう方だからこそ成功されるのだなあと感心して聞いておりました。
聞き終わってみると、この講演は失敗だなと感じました。5つほどの項目を立てておられましたが、項目相互の連関が薄くバラバラで、一つの講演として何を訴えたいのか、印象が薄くなってしまいました。時間が押して、後半は駆け足になってしまいました。途中で「何分まででしたっけ?」と主催者に聞いてはいけません。事前に主催者側が終了予定時間をはっきり伝えていなかったのかもしれませんが、終了時間を頭に入れておくことは講演者にとって必須事項です。また、経験したこと、知っていることのすべてを話そうをいう意識を捨てることも重要です。オーディエンスに何を一番伝えたいか、それを伝えるには何を話し、何を捨てればよいか、講演にはそのようなマネージメントが必要です。

「ありがとう」って、誰に?

2016.11.22

ヤフーのオークション、ヤフオクをたまに利用します。届いたらゴミ同然の代物だったことが一度ありますが、そのほかは大きな失敗はこれまでありません。ヤフオクも発足当時の一般人と一般人との取引といった手作り感はとうの昔になくなって、いまは単なる商売人との取引に過ぎないケースがほとんどです。
そうなると少々違和感を感じることがあります。取引成立後の「評価」です。例文が示されていて、それが「ありがとうございました。とても良い取引ができました。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。」というものです。これって、おかしいでしょう。入札した人は買い手、つまりお客さんです。出品者は売り手、現在はほとんど商売人です。お客さんが商売人から品物を買って「ありがとう」とお礼を言うのは逆ではないですか?出品者の方から「落札していただきありがとう」と言ってほしいですよね。

有名になることの価値

2016.11.21

先ごろ高校時代の同級生が亡くなりました。多少は世に知られた絵描きだったので、小さなスペースながら遺作展が開かれるのだそうです。
そこで同窓生でささやかな偲ぶ会を開こうという企画が持ち上がりました。幹事さんから出席しろ出席しろとメールや電話をたびたびいただきますが、なんとなく気が進みません。
故人とは、高校時代は同級生としての親交はありましたが、卒業後は2~3回会ったことがある程度です。他にもっと親しかった同級生はいますし、いまに至るまで酒を酌み交わしている友人もいます。
月刊文藝春秋誌に「同級生交歓」というグラビアページがあります。あの企画には、功成り名を挙げた名士ばかりが登場します。無名の同級生は出してもらえません。
他の無名の同級生が亡くなっても偲ぶ会など開かれることはないでしょう。それが有名になることの価値というものなのでしょうが、何か心に引っかかっるものがあります。

やってられません

2016.11.18

とうとう声が出なくなりました。昨夜、酒を飲みながらさる女性と話をしていたら、途中から声の銚子、じゃなかった調子がおかしくなって、声が出なくなってしまいました。
そもそも弊社で最初にカゼをひいた社員が同じ症状だったので、そこからいただいたものに間違いありません*。
声が出ないとどうなるか。イライラします。脳の高次障害などで、耳は聞こえているのに話せない方のお気持が今日はよく理解できます。
よくしゃべるお客様に対応するのも一苦労です。相手の話の隙間に口をはさむことができません。機関銃に三八式歩兵銃か村田銃か火縄銃で対抗しようとするようなものです。やってられません。
これから耳鼻科へまいります。
*この表現が科学的でないことは存じております。ウイルスの種類やDNA型によって症状に明確な違いが生じるわけではないようです。

主張する方がおもしろい

2016.11.17

ある業界団体によるメディアセミナーのお手伝いをしました。
一企業の場合、主張を前面に出しすぎるのは躊躇するところがありますが、業界団体だとそのあたりの自由度が高いようです。タケシの「赤信号みんなで渡ればこわくない」という言葉が思い浮かびます。
それで、メディアの方の反応はどうかと言えば、「おもしろかった」という意見が多かったのです。そうだろうなあ、と納得します。反論や圧力のリクスはあっても、主張すべきは主張するのがよいのでしょう。それが自由社会というものですものね。

ウイルスは「写す」じゃない?

2016.11.16

どうやらカゼをうつされたようです。ノドがなんとなくおかしい。
その「カゼがうつる」なんですが、辞書では「移る」と書くのが正しいとされています。病原がヒトからヒトに乗り移るという意味でしょうか。でもなんとなくしっくりきませんね。「写る」と書くのも違和感がありますが、ウイルスは転写して複製されるものですから、こちらの方がより科学的かもしれません。
こんな屁理屈をこねていないで、早く帰って寝ることにしましょう。

食べログの口コミ

2016.11.15

どこかいい店ない? と尋ねられることが多いのですが、毎晩のように飲み歩いていた頃と違い、いまは馴染みの店はほとんどなくなってしまいました。たまにどなたかに連れて行ってもらい、ちょっといいなと思う店があっても、すぐに忘れてしまいます。
そんなときに頼るのはやはりネット、定番の食べログを利用することもあります。とかくの評判は承知しているので、話半分で各店の評価を見てはいるのですが、口コミに書かれている文章がクサくて読むにたえません。エッセイでも書いているつもりになっているのかなあ。嫁がどうしたとか彼氏がどうしたとか、それで目当ての店に行ったら休業だったので、この店に入ったとか、目的の店にたどり着くまでの経緯が長いこと長いこと。いい気になって書いている文章ですね、あれは。
自己表現したい人が多いんでしょうね。そのはけ口として食べログを使っているのかな。そう考えると許せないわけではありませんが、もう少し読み手のことも考えて書いてよね。

彼はとまどえる群れの代表なのか?

2016.11.14

トランプ氏当選のニュースを聞いて、米国の有名な言語学者ノーム・チョムスキーの「メディア・コントロール」という本を思い出しました。
彼は民主主義には2つの機能があると言います。
「責任を持つ特別階級は、実行者としての機能を果たす。(中略)その一方に、とまどえる群れがいるわけだが、彼らも民主主義社会の一機能を担っている。民主主義社会における彼らの役割は(中略)「観客」になることであって、行動に参加することではない。しかし、彼らの役割をそれだけにかぎるわけにもいかない。何しろ、ここは民主社会なのだ。そこで、ときどき、彼らは特別階級の誰かに支持を表明することを許される。(中略)これを選挙という」(鈴木主税訳 集英社新書より)
彼の考えによるならば、クリントン氏はまさに特別階級の一員であって、観客であることを強いられてきた「とまどえる群れ」の人たちが、今回の選挙では特別階級を支持しなかった、ということになりそうです。不幸なのは、それでトランプ氏が当選してしまったことで、彼が本当に「とまどえる群れ」の代表なのかどうか、いまのところまったくわからないということです。

絶対休んで!

2016.11.11

昨日、具合が悪そうにしていた社員に「早く帰って寝たら?」とアドバイスしたのですが、「大丈夫です」と言って定時までがんばりました。そのがんばりは会社としてはありがたいことなのですが、夜中に熱発したとかで今日はお休みです。早退しても同じだったかもしれませんが、かぜは早めに休んで寝てしまうのが一番よいようです。
ところが、地下鉄のドアに貼ってあった広告を見て驚きました。
「かぜでも、絶対に休めないあなたへ。」
かぜグスリの広告ですが、これはまずいでしょう。症状を悪化させるばかりでなく、他の人に感染させてしまいます。この会社の広報責任者だったら、このコピーは絶対やめさせますが・・・。

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