さまざまな説がありますが、「広報」と「PR」という二つの用語の間に事実上違いはありません。それぞれ出自が異なるものの、いわゆるPublic Relations(PR)に対する日本語として「広報」が定着しています。ではPublic Relationsとは何か? これもいろいろな定義が存在しますが、米国の広報研究者である故S.M.カトリップ教授によれば、
パブリック・リレーションズとは、組織体とその存続を左右するパブリックとの間に、相互に利益をもたらす関係性を構築し、維持するマネジメント機能である。
ーS.M.カトリップ他著「体系パブリック・リレーションズ」日本語版監修:日本広報学会、ピアソン・エデュケーション刊 2008より
となります。ポイントは3つ。
1. 組織体とその存続を左右するパブリック
「企業とステークホルダー」は、「企業と社会」と読み替えてもよいでしょう。企業は社会というプラットホームの上で企業活動をしていることを忘れてはならないということだと思います。
2. 相互に利益をもたらす関係性
自分だけが得をすればよいという自己中心的な考え方を排除するものです。マーケティングが利益ばかりを優先しているとは言えませんが、売上と利益を重んじなければマーケティングになりません。広報も究極的には自らの利益を大切にはするものの、運命共同体と言える社会にとっても利益になる活動でなければならない、というところが大きく異なります。社会が物心両面で豊かにならなければ、企業や団体もまた豊かにはなれません。そのような考え方が広報の基本です。
3. マネジメント機能
広報は企業経営と切り離せないものです。広報は広報セクションだけが行うものではありません。経営者が広報を重視し、マネジメントの重要な一分野としてコミットしなければ、有効な広報活動は成り立ちません。
このコトリップ教授の定義にはコミュニケーションという言葉がありません。「広報活動って、Corporate Communicationsではないの?」という疑問が当然わいてきます。
ココノッツはこう考えます。“パブリックとの間に相互に利益をもたらす関係性を構築する”という目的を達成するために行う“あらゆる企業活動”がPublic Relationsであり、その最も基本的で有効な手段がコミュニケーションである、と。
改めて考えてみると、企業活動のほとんどはコミュニケーションで成り立っています。さらに、私たちの社会もコミュニケーションで成り立っています。広報活動の基本がコミュニケーションであることは自明のことです。
製薬企業や医療機器企業の広報活動はこれまで、B to B(Business to Business)広報と考えられてきました。医薬品や医療機器の直接の顧客は医療機関であり、その購入権者は医師や薬剤師などの専門家であるからです。そのためか、一般社会へ向けての広報活動は不要であると考える人たちが少なくありません。現在もそのような経営方針をとっている企業が内資・外資を問わず存在しています。
しかし、現代の医療は患者中心です。自らの病気の治療に使われる医薬品や医療機器・医療技術に無関心ではいられません。どんな薬なのか、どんな医療機器で治療されるのか、より効果的な薬はないのか、より有効な治療法はないのか。世の中には医療情報があふれています。医療の消費者である患者さんは、その医薬品や医療機器の有用性ばかりでなく、それが信頼にたる企業で開発、製造されているのかにまで関心を持つようになっています。
COVID-19のパンデミック以来、最新の医療や治療への社会的な関心は最大限にまで高まっています。そのようないま、狭い医療界だけに目を向けているだけでは、企業の社会的責任を果たしたことにはなりません。ヘルスケア企業に広く社会に向けた広報活動が求められるのは、そのような理由によるものです。
ヘルスケア企業の製品やサービスを理解するには、医学や医療制度に関する知識が必要です。また医薬品や医療機器の広報活動には、法的規制や自主規範を理解し考慮する必要があります。
医学界には伝統的に築きあげられた特有の考え方や慣習が多く存在し、製薬企業や医療機器メーカーもまた、それらを共有しています。医師をはじめとする医療界の方々とコンタクトするにはこの「常識」を理解していることが大切です。
組織の中にあって、しばしば広報に対する他部門の理解不足、互いのコミュニケーション不足などの要因が重なり、広報施策の進捗が阻まれるケースがあります。そのような社内事情への対応に、ココノッツが持つヘルスケア企業での広報実務経験が活きてきます。
時代、文化、技術などの移り変わりとともに人と人とのコミュニケーションもまた変化してきました。さらにパンデミックの発生は大きなパラダイムシフトをもたらしました。その中で社会に何かを伝えようとするとき、誠意あるコンタクト方法や、効果的なイベント施策、関心を持たれる話題提供の仕方、興味深いストーリーの構築など、さまざまな広報活動のノウハウが必要となります。
医療、ヘルスケアを扱う媒体メディアは日々変化し進歩しており、その媒体特性に十分配慮したアプローチを行う必要があります。ネットにおけるメディアや情報の流れも年々変化をしています。また医療を専門とするジャーナリストと日々接し、人間関係を構築することはパブリシティだけでなく、情報収集の面でも大きな力となります。
ヘルスケアの分野では、“伝えたい情報を伝えたい人たちに届ける”ことが難しい時代になりました。
マーケティングの泰斗コトラー博士は、製品そのものを売り込むマーケティングを1.0、消費者志向のマーケティングを2.0、消費者をマインドとハートと精神を持つ存在としてとらえマーケティングを3.0と、それぞれ定義しました。さらにその発展形としてマーケティング4.0を提唱しています。
マーケティング4.0では、デジタル化の重要性が指摘されている一方で、「人間中心のマーケティング」が強調されています。「自己実現のマーケティング」とも呼ばれています。
広報活動に敷衍すれば、方法/手段としてデジタルの活用の重要性が増大するとともに、人間対人間の関係に重きをおいた広報活動がますます必須になるということではないでしょうか。
これらをヘルスケア企業の広報活動に当てはめるならば、自分本来のあるべき姿とは、それは患者さんが健康を取り戻し、いつもと変わらぬ持続可能な日常を送ること。これはCOVID-19のパンデミック以来、人類共通の切実な願いともなった、より健康な社会を維持することでもあります。
それらの実現を目指して医療者も製薬企業も医療機器会社も積極的なコミュニケーションを続ける必要があります。より正しくより有用な医療情報を発信するばかりでなく、デジタル技術を活用して、患者さんやそのご家族、さらに社会全体で多面的なコミュニケーションを活発化させることが、いまほど求められる時代はありません。このような誰もが求める〈あるべき自分、あるべき社会〉を求める新しい広報活動を、私たちココノッツはコトラー博士にならって「ヘルスケア広報4.0」と呼ぶことにしました。
コトラー博士はさらに「マーケティング5.0」を主張されています。そこで強調されているのは、テクノノロジーと人間との関係だと言われています。COVID-19ワクチンや治療薬の開発、iPS細胞を用いた新しい治療法の登場、ロボット手術の普及など、医療の世界こそテクノロジーと人間の生命/生活の関係が最も象徴的に示される分野です。「ヘルスケア広報5.0」へ向かって、私たちに突きつけられている課題はさらに多様化し重くなろうとしています。